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東京高等裁判所 平成元年(ネ)358号 判決

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴人の予備的請求(その三)を棄却する。

三  控訴人の予備的請求(その四)に基づき、原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は控訴人に対し、被控訴人が控訴人から二億八〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、原判決物件目録記載の建物を明け渡せ。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  控訴費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

五  この判決は、第三項1に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

(一)  原判決を取り消す。

1 被控訴人は控訴人に対し、原判決物件目録記載の建物(以下、本件建物という。)を明け渡せ。

2 予備的請求(その一)

被控訴人は控訴人に対し、控訴人から六三〇〇万円の支払を受けるのと引換えに、本件建物を明け渡せ。

3 予備的請求(その二)

被控訴人は控訴人に対し、控訴人から一億円の支払を受けるのと引換えに、本件を明け渡せ。

4 予備的請求(その三)-当審における新請求

被控訴人は控訴人に対し、控訴人から一億五〇〇〇万円の支払を受けるのと引換えに本件建物を明け渡せ。

5 予備的請求(その四)-当審における新請求

被控訴人は控訴人に対し、控訴人から二億五〇〇〇万円又は裁判所が決定する額の支払を受けるのと引換えに、本件建物を明け渡せ。

(二)  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(三)  仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁

(一)  本件控訴をいずれも棄却する。

(二)  控訴人の予備的請求(その三)及び同(その四)をいずれも棄却する。

(三)  控訴審における費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は次に附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

一  控訴人

(一)  予備的請求(その三)、同(その四)の各請求原因として控訴人は、本件賃貸借契約の更新拒絶の正当事由を補完するため、一億五〇〇〇万円を(予備的請求-その三)、更に二億五〇〇〇万円又は裁判所において相当と認むべき立退料相当額を支払う旨、平成元年九月一一日の口頭弁論期日において申し出た。

よって、控訴人は被控訴人に対し、当審において追加的に、本件建物の賃貸借契約終了に基づき、控訴人から立退料一億五〇〇〇万円若しくは二億五〇〇〇万円又は裁判所が決定する額の支払を受けるのと引換えに、本件建物を明け渡すことを求める。

(二)  被控訴人の後記抗弁は争う。

二  被控訴人

(一)  控訴人の右追加的各請求の請求原因事実はいずれも争う。

(二)  抗弁

被控訴人は、控訴人の更新拒絶の意思表示があった後も本件建物の使用を継続しているから、本件賃貸借契約は法定更新された。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

第一  当裁判所は、控訴人の本件主位的請求及び第一次ないし第三次予備的請求はいずれも失当として棄却すべきであり、第四次予備的請求を主文第三項1の限度で認容し、その余は失当として棄却すべきものと、判断するものであるが、その理由は、左に附加、訂正するほか原判決の理由説示と同一であるから、これをここに引用する。

1  原判決一五枚目表六行目「のない甲」の次に「第一九号証、第」を、同八行目「六)、」の次に「第一八号証」を、同九行目「同証言」の次に「当審証人永山正博の証言、弁論の全趣旨」を、それぞれ加える。

2  同一一行目「二八日以来、」の次に「相続により」を、同裏六行目「とともに」の次に「双方が持ち寄った鑑定結果を参考にして」を、同七行目「買い受けた。」の次に「(右訴外人は昭和五〇年前後から被控訴人代表者の経営する後記会社もしくは被控訴人に対し本件建物の買取り方をしばしば交渉したが、同代表者が資金難とか年回りを理由にこれに応じなかったため、控訴人にその買取りを求めたものである。)」を、それぞれ加え、同一〇行目から一一行目にかけて「とおりの」とあるのを「とおり期間は前賃貸借契約の残存期間である昭和六一年五月三〇日までとする」と改め、同一六枚目表一行目冒頭から同二行目末尾までを削る。

3  同裏九行目「計画書」の次に「(基本計画の代用となるもので、本件紛争解決後、約二か月もすれば実施設計が完了し、その後関係官庁の許可を得て工事業者と請負契約を締結して着工に至る。)」を、同一七枚目裏五行目末尾に続けて「控訴人は、右不動産すべてを父の死亡による相続によって取得したもので、その土地は、前記貸ビル敷地や木造建物所有のための貸地でありこれら不動産の管理保全の経営(同人の夫が代表取締役となっている会社が経営)は、地域性、地価の高騰のため、再開発、高度利用を図らないと困難になってきている。」を、それぞれ加える。

4  同一八枚目表四行目「乙第二号証」の次に「第二五号証」を加え、同五行目「原告」とあるのを「原本」と改め、同六行目「の結果」の次に「、当審における同代表者尋問の結果の一部及びこれにより原本の存在及びその成立が認められる乙第一二号証並びに右尋問の結果と弁論の全趣旨により原本の存在及びその成立が認められる乙第一三号証、」を加える。

5  同一九枚目表一〇行目「全体に占める本件建物の重要性」とあるのを「形態、営業利益及び本件建物の役割」と改め、同裏三行目「大久保店」の次に「(被控訴人本店所在地)」を、同四行目「しており、」の次に「右二店舗の」を、同八行目「である。」の次に「被控訴人は、被控訴人代表者と妻と男の子二人を役員兼社員とし他に正社員三人とアルバイトの者により営業している。」を加える。同二〇枚目表四行目「円」の次に「(営業利益一〇六二万円)」を、同五行目「円」の次に「(営業利益二二五四万円)」を加え、同五行目「であ」及び同六行目前文を「と被控訴人会社の帳簿上記載されており、また、被控訴人代表者は、粗利益は売上高の約三三パーセント、営業利益は六~七パーセントであるというところ、被控訴人が事業所得申告書等の提出をしないので、詳細は明確でないが、売上高、営業利益は大むね右記載、供述の程度と認められる。」と改める。

6  同二一枚目表三行目「このような」から同六行目末尾までを「したがって、被控訴人の営業にとって、本件店舗は重要性があり、これを明渡すと被控訴人の経営にかなり大きい影響があると予想される。しかし、反面、大久保店についても、被控訴人は、昭和五九年一二月から六〇年一一月まで売上高一億九九四万円(営業利益一三七五万円)、同六〇年一二月から六一年一一月まで売上高一億三七五四万円(営業利益一三三七万円)をその帳簿上に計上しており、この数字も本件店舗のそれと同様大むね正しいと認められ、右大久保店の状況並に被控訴人の営業形態、社員数等によると、本件店舗を明渡した場合直ちに被控訴人が倒産の危機に瀕し、被控訴人一家の生活は困難になる旨述べる被控訴人の供述、乙第二五号証の記載は採用しがたい。」と改める。

7  同二五枚目裏六行目「認められる。」とあるのを「認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。」と改める。

8  同七行目冒頭から同二六枚目裏九行目末尾までを次のとおり改める。

「(二) 以上認定した事実によれば、本件建物は、建築後約六〇年を経過して全体としてかなり老朽化しているが、本件建物の荷重が内柱によって支えられているという特殊構造のため、近い将来倒壊する危険はないとはいうものの、このまま使用を継続するとすれば、早急に外柱脚部及びその土台、外壁の腐食、破損部分について補修する必要がある。原審証人金子美雄は右補修には外柱の下の部分を除去して継ぎ柱とする等約三~四〇〇万円の工事費を要するとしている。

以上要するに、本件建物は控訴人主張のような大規模修繕工事を必要とする程の老朽化を来しているとまではいえないが、少なくとも三~四〇〇万円の工事費用をかけなければならない程度の老朽化が進んでいるものと思料される。」

9  同一一行目冒頭から同二八枚目表九行目末尾までを次のとおり改める。

「本件建物の所在地が、JR高田馬場駅から東方約六〇〇メートルの早稲田通り沿いの商店街にあって、早稲田通りと明治通りの交差点より三軒目に位置することは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると、右高田馬場駅から東方約一、二キロメートルの早稲田通り沿いの商店街は、駅前広場から明治通りまでは中高層建物がひしめくのに対して、明治通りより東側、早稲田大学寄りの本件建物を含む地域は低層店舗兼住宅の木造二階建の老朽化建物が多く存在している。本件建物の所在地区は都市計画法上、商業地域で建ぺい率八〇パーセント、容積率五〇〇パーセント(交差点附近は六〇〇パーセント)、防火地域、第三種高度地区、第二種文教地区(容積率、第二種文教地区以外は当事者間に争いがない)に指定されている。本件建物は一〇〇平方メートル以上の建物であるのに耐火構造を備えていない。

なお、更新拒絶の通知ないし賃貸借終了時期(「基準時」という。)より後の事情ではあるが、その動向の萌芽は右時期にあったのであるし、右時期における諸事情はその後における情況からよく知りうるところも多いから、参考にすべきところ、最近本件土地の近隣では地上七階建や八階建のビルが相次いで、建設ないし設計されており、また東京都は、昭和六三年九月本件建物所在地の隣接町である西早稲田一、三丁目に所在する安部球場の北側と西側に隣接する老朽木造家屋を取除き、その跡地に西早稲田地区第一種市街地再開発事業として中高層ビルを建設する旨の都市計画を公表している。ことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定した事実によれば、右基準時において、本件建物の周辺地域が早急に変化するような状況であったとまでは認められないが、徐々に老朽木造建物は中高層建物に変容する状況にあったと認められ、この傾向は今後更に加速されるものと推認される。原審金子美雄の証言中、本件建物は取り壊すより直して使う方が経済的であり、このような古い街並を残すことも重要である旨の供述は、採用しない。」

10  同二九枚目裏四行目「至らなかった。」の次に「しかし、被控訴人の代替建物が全く見付けられない旨の供述は措信しがたい。」を加える。

11  同二九枚目裏五行目冒頭から同三二枚目裏一行目までを次のとおり改める。

「6 結論

(一)  以上認定の事実に基づき正当事由の有無を判断する。

(二)  正当事由ありとするに資する事情として次のようなものがある。

(1) 本件建物は非居住用建物であり、本件賃貸借はもっぱら右建物を営業用に使用するためのものである。

(2) 被控訴人は本件店舗のほかに、本店である大久保店を有しており、営業規模、利益の点で大久保店は本件店舗より劣り、被控訴人の営業上本件店舗を失うことの損失は大きいが、しかし大久保店のみでは営業ができないとか被控訴人代表者一家が生活出来なくなるとまではいえない。また、本件店舗の代替店舗の取得が容易でないとしても全く出来ないとまではいえない。

(3) 本件建物は築後約六〇年の木造亜鉛メッキ鋼板葺建物であり、一部火災にもあっており、朽廃していないとはいうものの老朽化しており、特に外柱、外壁はその度合が高く修理が必要とされる。

(4) 本件建物の所在地は、早稲田通りと明治通りの交差点に直近しており、本件建物のある明治通りの早稲田大学寄りはそれ程でないが、反対側の高田馬場駅に続く商店街は中高層ビルがひしめいており、本件建物付近も現にビルが建設され又は計画されつつあり、早晩、中高層化されることは必至である。

(5) 被控訴人としては約八年、被控訴人代表者の主宰していた訴外会社の時から数えると約一五年被控訴人らは本件建物を用いて営業し、大きな営業利益をあげ、賃借の目的を達している。

(6) 控訴人が本件建物の明渡しを求めるのは、その敷地である本件土地を含む所有地を再開発して高度利用をするためであるが、いわゆる地上げなどによる開発と異なり、控訴人は昭和三二年右土地を他の土地とともに相続により取得し、同人の夫を代表者とする不動産管理会社により管理、用益してきたのであるが、地域の状況、地価の上昇等によりこれら土地の再開発、高度利用がその業務の遂行上必要となってきており、これをしなければ右会社運営も困難となってきており、控訴人が右のように企てることは無理からぬものがあり、しかもその計画は具体化している。

(三)  正当事由を否定するのに資する事情として次のようなものがある。

(1) 被控訴人代表者は訴外会社以来長年本件建物で、営為、営業を続け生計を立ててきているところ、被控訴人は他に本店である大久保店があるものの、営業の規模、利益において、本件店舗がかなりまさり、本件店舗を失うことは被控訴人の営業、被控訴人代表者の生計にかなり大きな損失となる。また、本件店舗付近で代替店舗を入手することもかなり難しい。

(2) 本件建物は老朽化しているとはいうものの、修繕を加えながら使用すればなお相当期間現在同様に使用しうる。

(3) 本件建物所在地周辺が、逐次都市化、中高層化してきており、将来はそれが必至の状況であるとはいっても、本件建物のある明治通りの早稲田大学寄りの地域にはなお低層、木造の建物も少なくなく、基準時ないし現在(弁論終結時)において再開発、中高層化が絶対的な地域的要請となっているとまではいえない。

(4) 控訴人は、本件土地の近くにかなりの面積の土地を所有し、自宅と賃貸ビルを同地上に有し、また他に約一〇〇坪の貸地を有しており、本件建物、本件土地の明渡しを受けて再開発、高度利用をしなければ生計が立たず生活が出来ないということはない。

(四)  右(二)、(三)の事情を比較衡量すると、正当事由があることに資する事情も正当事由を否定することに資する事情も双方あるが、本件建物についての被控訴人の必要性は控訴人のそれを上廻るものであり、正当事由はないといわなければならない。したがって、控訴人の主位的請求は理由がない。

三 各予備的請求について

1  前述の正当事由ありとするに資する諸事情と正当事由を否定するのに資する諸事情を総合して考察すると、本件更新拒絶については、補完金として相当額の立退料を支払うことにより正当事由は具備されるというべきである。

2  次に右相当額について検討する。

(一)  理由二(6)(二)、(三)で前述した諸事情

(二)  前掲甲第一八号証(控訴人依頼の鑑定評価書)によると本件建物の借家権価格は昭和六〇年四月現在六三〇〇万円と評価された。

(三)  前掲乙第五号証(被控訴人依頼の鑑定評価書)によると、立退料相当額としての本件借家権価格は昭和六二年四月現在二億六〇〇〇万円と評価された。

(四)  本件建物の前記明渡交渉の経緯(原判決理由二5)

(五)  被控訴人代表者は、第一審の本人尋問においては、本件建物を立退くときは代替新店舗の入居保証金、設備費、営業損補償等二億五〇〇〇万円から三億円を要する旨述べ、当審における本人尋問においては、新店舗、事務所入居保証金一億六〇〇〇万円、営業損の補償一億二四三〇万円を要するとするほか、新店舗造作費三〇〇〇万円、移転費、仲介手数料三〇〇万円、差額家賃一億六二〇〇万円計五億九三〇万円を要すると述べているところ、右造作費は過大であり、差額家賃の考慮も相当でないから、新店舗事務所の入居保証金、営業損造作費一〇〇〇万円、移転費、仲介手数料の供述について参考とすることとする。

(六)  控訴人は、最終的には、立退料として二億五〇〇〇万円又は裁判所の決定する額を相当額として提供すると申出ている。

(七)  右(一)ないし(六)の諸事実を総合して考察すると、本件更新拒絶の正当事由を補完するための立退料は金二億八〇〇〇万円を相当と認定判断する。なお、補完金であるから、右金額が、損失補償として過不足があるか否かは問わない。

四 被控訴人は控訴人の更新拒絶後も本件建物を使用しているから本件賃貸借契約は法定更新された旨主張するが、控訴人は本件更新拒絶後、本件賃貸借契約の期間満了した昭和六一年五月三〇日以後である同年六月二日本件訴訟を提起して被控訴人の本件建物の使用に遅滞なく異議を述べ、同訴訟において控訴人の更新拒絶に正当事由があるか否かを審理しているのであるから、同訴訟の確定するまでは法定更新の法的効果もまだ生じていないものである。よって、被控訴人の同主張は採用できない。

五 よって、控訴人の第四次予備的請求は右の限度で理由があるが、その余は失当であるから棄却し、第一次ないし第三次各予備的請求はいずれも理由がない。」

第二  よって、主位的請求、第一次及び第二次予備的請求をいずれも棄却した原判決は、正当であるから、本件各控訴をいずれも棄却し、控訴人の第三次予備的請求は理由がないから棄却し、第四次予備的請求は主文第三項1の限度で認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、九二条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田尾桃二 裁判官 寺澤光子 裁判官 市川頼明は転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 田尾桃二)

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